Monthly Archives: 4月 2013

演奏法の進化 その3『Stick の制作』

演奏法の進化 その3『Stick の制作』

演奏法の進化 by エメット・チャップマン

Stickの制作

図2 1970年Stickプロトタイプ1号を弾くエメット
図2 1970年Stick
プロトタイプ1号を
弾くエメット

自分で作ったソリッド・ボディ・エレキギターのセットアップは数日が掛かり、低いアクションや 通常より緩めな弦、正確に仕上げたフレット、弦の近くに設定したピックアップ、弦の振動を止めるダンパー等 を取付けました。最初の1年はこのギターを使いました。

1970年に黒檀の板で現在のStickのプロトタイプを作り、「The Electric Stick」と名づけました。 次の2年に渡ってベース弦を増やして、弦をメロディ、ベースのグループに分けて、ピックアップをステレオ にして、よりたてて持つようにベルト・フック、ストラップを作りました。最終的にはピアノと同じような音域、 4度のメロディとその逆方向の5度ベースのダブル・チューニング・コンセプト楽器ができました。

この様に2つの弦グループを1つの指板に張り付けると、基礎の演奏法のもう1つのジレンマを 解決できました。Stickではダブル・ネック楽器に似て、右手、左手がそれぞれ別の弦グループで完全に 独立した動きで演奏ができます。しかし、Stickはシングル・ネックなので、すべての弦で複雑に からみ合ったパターンも弾けます。

図3 1971年Stick プロトタイプ2号を弾くエメット
図3 1971年Stick
プロトタイプ2号を
弾くエメット

1970年から1974年まで5つのプロトタイプを作りました。それぞれが以前のモデルと比べて進歩があり、 少しずつ現在のデザインに近付きました。(図2、3をご覧下さい。)チューニング・ペッグやフレット、全体の形状 などプロトタイプの進歩につれて改良しました。1973年に弦を9本から10本に増やしました。1974年に初めて 6つの生産モデルを手づくりしました。

自分の希望に合うように楽器を改良しながら、西海岸でギタリスト、バーニー・ケッセルとボーカル、 ティム・バックリーとライブを行いました。1974年にStickの生産を始め、両手演奏法を教え始めました。 当時以来、ライブを行い、CDを作り、演奏法を教え、Stickを生産し、スティック・エンタプライズを経営 してきました。多くの芸術家はビジネス面が気に入らないらしいが、私にとってはどちらも表裏一体のもので、 相互に作用しあって総合的な深みを生むものなのです。

StickTube No. 5

StickTube No. 5

今回の StickTube はフィリピンのプログレッシブ・ロック・バンド Fuseboxx のプロモーション・ビデオ。曲は2作目のCD「Animated」から「Pagbalik」。このバンドで Abby Clutario がボーカル、キーボード、そして Stick を担当。

この映像は歌詞付きだけではなく、一緒に演奏ができるようになんとコード名もタイミングよく出ます。Abbyさんと一緒に弾いてみませんか?(3分11秒あたりから難しそうよ!)

この映像でAbbyさんは PASV-4 ピックアップ・モジュール付き堅木材(パドウク)12弦 Grand Stick を弾いていますが、昨年に新しい10弦 Stick をご購入。

演奏法の進化 その2『奏法』

演奏法の進化 その2『奏法』

演奏法の進化 by エメット・チャップマン

奏法

その頃、私はジミ・ヘンドリックス独特の新しい旋律的な表現の虜になっていました。 ヘンドリックスやジョン・コルトレインと同じように自由なメロディ・ラインを弾き、また ジャズ・ピアノのビル・エバンズやマッコイ・タィナーのように同時に和音を出し、 オーケストラのごとく演奏しようとしたが、ギターで両方のテクニックを同時に使うのは 簡単ではありません。しかし、1つを採用し1つをあきらめるようなことはしたくありませんでした。

片手のみで運指すると二者択一を迫られる状況でした。望んでいた表現は完全に 出来ませんでした。しかし、右手で弦を押え、アンプの音量を上げるとすぐに、早くて 滑らかなリード・ラインを弾く事ができました。左手は普通のポジションでいつもの コードやベース・ラインを弾き、右手のハーモニーやリズムを付け加えることができました。 また、右手のフィンガリングが左手と全く同じく、両手の人差指が小指より チューニング・ペッグに近いです。(手のポジションはトニー・レビンの写真を参照) 瞬間的にギターの片手フィンガリング・テクニックのメロディック対ハモーニック制限を 解決しました。これにより、私のミュージシャンとしての性格が完全に変えられ、 10年間研究し続けてきた事とは違う新たな出発点に立っていました。

図1
図1 1940年代に使われた
両手タッピング・テクニック

当時、ギターの両手の運指法は聞いた事がありませんでした。後に、40年代の後半に2、3人の ギタリストが両手の運指法を使っていたと聞きました。しかし、彼らは右の腕、手、指を弦に対して平行に 置き、演奏しました。(図1を参考)その一人、ジミー・ウェブスターがこの奏法を「タッチ・システム」と言い、 その教則本を書き、「タッチ・システム」をフィーチャーするアルバムを製作しました。

しかし、このポジションで右手のテクニックが非常に限られています。1、2本の指を使い、 ノートをひとつひとつ叩いていました。指がフレットに対して平行になっていないため、腕を左右に動かす 必要があります。この奏法はギタリストや音楽教師にほとんど知られることはなく、伝授されませんでした。

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Stickを演奏するトニーレビン
(撮影:アルマンド・ガロ)

両手のタッピング奏法を始めた1969年以来、右手は左手の反対方向から弦を押えていました。 右腕、手が弦に対して垂直、指それぞれが隣のフレット・スペースに入ります。両手の全ての指がフレット に対して平行になります。従って、腕を動かさずに、一本の弦で2、3、4ノートでも弾けます。指を弦に対して 平行に置くと一本の弦で半音階を弾く場合、腕を片で動かす必要があります。例えば、エディー・ヴァンヘイレンが この弾き方を優雅に使い、非常に感動的に演奏できるが、逆に通常なスケールやメロディ・ラインを 弾くのは難しいです。私の完全な両手奏法では弦楽器で「ピアノらしい」テクニックを使えます。

奏法を発見した後、それに合うように楽器を調整する必要がありました。発見した瞬間にギターを より垂直に持ち直しました。通常の横のギター・ポジションだと、右手が指板の上方、左手が下方から、 弦に置かれるため、両方の手首がねじ曲がり、右肩が弓なりに曲がります。指板をどんな角度にしても 奏法は同じだが、この新しい縦にする状態では無理がなく、快適でした。

この変更を自然に感じ、楽器のデザインを簡素化しました。少しずつレバーや、滑動カポ、かわった 形状のピックなどの新奇な装置をやめ、一定のインタバルでチューニングしました(当時、弦は9本)。